|
路上で手が上がって 菜葉無喜子が車を止めると 乗り込んで来た客は 誰もが一瞬「アレッ」と意外な顔をする 女性客なら「あら女の運転手さんだわ」 と好意的な方が多いが 「なんだ女か大丈夫かいな」 等とろこつに不快感を示された時もある 無喜子の仕事はは昼間だけのパートであるから 夜に酔っ払いを乗せたりはしなくて まだましかもしれない 社会は男女平等になっていると言っても 基本的に力仕事は男の方が頼りにされる それが偏見だからと いきり立って壁に体当たりしてみても その壁はちょっとやそっと 簡単に壊れるものではない だからと言ってもっと女が団結して 社会の意識に立ち向かって 何が何でも壊さねばならない物だとは 無喜子は思わない なぜなら自分は若い頃に結婚して 出産子育てという人生の山場を乗り越えて 十分平和で幸福な女の人生を得て 余力で社会に出てきているからだ 人間の生命には 構造的に二つの種類があって 衣服を纏って 普通に社会で皆同じ人権を持って生活していても ひそかに私的に正等と思われる夢や要求を 誰でも抱えているものである それは若い男性が一日一度は持つ 性的要求であったり 女性が人生で自分の子供を持つというような 運命的な要求であったりする 一方は今ここで生きている感動を味合うための 刹那的な一瞬の激しい光のような欲望で あるのに対して 一方は前世現世来世と時をつないで行く 行く川の流れる水のような風のような 穏やかな充実感と幸福の欲望である 人間は二兎を追う権利と自由を持った動物なのだ 太陽が西に沈む時に その太陽に背を向けて 東の空を見上げてみよう 空は限りなく透明で 無限の宇宙には 地球以外何もない 可視光線の見える限りの宇宙に 何もない どんな望遠鏡を使っても どんな紫外線を当てても赤外線を当てても 胃カメラのレンズで180度見回しても 大腸カメラのコードを38万キロ伸ばしても 宇宙には何もない 人間は無限の宇宙で自由なのだ |
| << 前記事(2008/04/25) | トップへ | 後記事(2008/04/27)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2008/04/25) | トップへ | 後記事(2008/04/27)>> |